2006年 01月 04日
竹槍
この前実家帰っておかあと話してたらおかあは72歳なので、
戦後60年経った今年、終戦の時おかあは12歳だったので、
竹槍とか持って、「えいっ!」ってやってたの?と聞いたら、
やってたと言いました。
藁人形に竹槍で突いてたと。
でも大概は朝学校に行っても、すぐ帰らされて家にいたと言ってました。
家の手伝いとかやってたと。
米も少ししかなかったから、雑炊ばかり食べてたと。
畑で採れた大根や菜っ葉とか入れて。
家の入り口に防空壕を掘って、空襲警報発令されると防空壕の中に入ってたと。
でもおかあが住んでた所は田舎の山の近くだったので爆弾が落ちることはなかったと言ってました。
おかあの実家の裏には竹やぶがあって、終戦後進駐軍がうろうろしてて怖かったと言ってました。
時代を感じました。

実家には、生前おとうが先祖のおじいさん、おばあさんとかの命日を書いた額が壁にかけてあって、おとうが死んだ時、僕がおとうの命日を書いて額の中に入れました。
誰がいつ命日か、わかるようにと。
ふと、おかあに僕は言いました。
「おかあはいつまで生きてくれるんやろな〜?」と。
「まだまだ長生きしてもらいたい」
と言いました。
おかあは「五郎くんが早く良い娘連れて来てくれな、おかあちゃん死ぬに死にきれん」
と言いました。
こればかりは僕も辛い一言です。
僕んちはおかあとか僕やおにい、おねえを君付け、ちゃん付けで呼びます。
変かな〜?
僕も子供の頃はおとうちゃん、おかあちゃんと呼んでました。
おとうさん、おかあさんや、パパ、ママなんて呼ぶような家庭環境じゃなかったので。
思春期くらいにおとう、おかあと呼ぶようになりました。

この世に生まれた以上、いずれ誰もが自分も死ぬんだろうけど、おとうやおじいさん、おばあさんとかみんなあの世に逝ってしまったので、あの世にみんないるから死ぬのは怖くないけど。
人間の摂理をふと実感しました。
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by gohonngigoro | 2006-01-04 00:17 | その他 | Comments(0)


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