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2006年 04月 01日
旅立ちの頃
4月です。桜の咲く頃。
もう春の到来です。
春と言えば、始まり、旅立ちのイメージです。
遠い昔、自分も18の時、高校を卒業して3、4日経って卒業気分も覚めやらない頃に、
西伊豆の片田舎から東京へ上京しました。
おとうにライトバンで荷物を東京まで運んでもらって、
僕は一人、新幹線で東京に向かいました。
僕が卒業前の2月におにいは結婚して、青葉台の嫁さんのアパートに一緒に住んでたので、
僕はおにいの中目黒の6帖一間の風呂なしアパートに転がり込む感じでした。
築30年くらいで家賃2万6千円でした。共同トイレで。
東京に上京した日に、おにいに銭湯のある場所やコインランドリーとか案内してもらいました。
僕はギターと着るものくらいしか持って行きませんでした。
冷蔵庫もなく、電子レンジもなく、フライパンもラーメン鍋もなく。
テレビはおにいが使ってた古い大きなテレビがありました。布団もおにいので。
その時代、風呂付きアパートに住んでる若者はあまり多くなかった時代でした。
アパートは2階で下がスナックで夜になるとカラオケの音が鳴り響き、
すぐ横の道路をトラックとか通るとぐらぐらアパートが揺れたりして、
引っ越してしばらくなかなか寝付けませんでした。日が経って、
だんだん慣れていきました。
アパートの隣りの部屋には、アパートの1階で靴屋をやってる夫婦が住んでて、
小さい子供も三人いて、家族5人で6帖の部屋に住んでてびっくりでした。
その夫婦は学生時代からずっとそこに住んでたみたいで驚きでした。
おにいはその頃、銀座マキシム・ド・パリでパテシエをしてたので、
その製菓部長の紹介で大手町にあるフランス料理レストラン&洋菓子もやってる店に就職しました。
卒業式終わって、一週間もしないうちに僕は働き始めました。
最初はギャルソン見習いで、お客が食べた料理をさげるのやビールや水をついだり。
黒服着て、髪の毛もムースでオールバックにして、見た目ドラキュラみたいでした。
高校出たばかりで仕事場にスーツ着て出勤してました。
まだネクタイを締めるのも慣れない頃でした。
日比谷線で中目黒から霞ヶ関で乗り換えて、大手町まで。
仕事終わって、厨房で働く先輩とかに飲みに連れてってもらって、終電がなくなって、渋谷から中目黒まで歩いて帰ったこともありました。
246から山手通りをとぼとぼ歩きながら。30〜40分くらいの距離でした。

やがて同期の入社の連中もあとから入って来て、そのレストランが他で経営してる広尾の喫茶店&ケーキ工場、白金にあるケーキ売り場、渋谷西武の地下のケーキ売り場、池袋西武の5階だか?6階だかにある喫茶店を研修期間として、新入社員の僕らは転々とさせられました。

大手町のレストランに勤務してた時は、賄いメシも新入りだから、遠慮してちょっとしか食べずにいたので、ランチが終わって夕方まで休憩に入ると腹減って、面倒見の良い先輩のギャルソンの人が「そば食べに行こう!」と神田の駅のガード下にある4、5人座ったらいっぱいになるようなそば屋によく食べに行ってました。

広尾の喫茶店に配属された頃は、場所柄、芸能人を見る機会もありました。
高中正義、糸井重里とか。
コーヒーの入れ方もまだ手慣れてない時で、常連の花屋の女社長がいつもコーヒー飲みに来て、まずいコーヒーを入れた時は全然飲まずに帰ったり。
俳優の清水章吾を若くしたみたいな上司によく、お尻蹴られたりしました。

広尾で勤務の時は白金のケーキ販売店にも一人で行かされて、そこに当時25歳の人妻のパートのきれいな奥さんがいて、たまに一緒になると話相手になってもらいました。
のちに僕が中目黒のアパートから五本木に引っ越す時、引っ越しの手伝いに来てくれました。

渋谷西武の地下でケーキ売ってた時は、そこにも可愛らしい当時21歳の販売員のおねえさんがいました。よく御飯食べに連れてってもらったりしました。
隣りの売り場がTOPSというチョコレート・ケーキの売り場で、そのTOPSの販売員のおねえさんとも仲良くさせてもらいました。
一緒に昼ご飯食べたり。

地下の売り場には、ベーグル・パンを売ってる僕と同い年の男の子もいて、仲良くなって休憩の時、屋上に行ってベーグル・パンをちぎってハトにあげたりやってました。
数年後、僕がバンドでライブやる時、その彼は見に来てくれました。

池袋の西武に勤務の時、そこは軽い食べ物も出したりしてたので、初めて厨房で働いたりしました。
ほとんどは大手町のレストランで作ったものをレンジで温めて出してたんですが。
パフェとかも作ったり。
お店の向かいのアンティークの店の24歳のきれいなおねえさんとも仲良くなって、そのおねえさんはバンドをやってたので、スタジオでバンドで合わせたり、御飯食べに行ったり、仲良くさせてもらいました。
僕はどこに行っても年上の女性によく可愛がってもらいました。
その頃、池袋の店にアルバイトで来てた、僕より一つ年上の山脇学園の短大生と、その後、僕はその彼女と付き合いました。
京子ちゃんと言って、僕は本名がひろしなので、ひろしと京子だと「ど根性ガエル」みたいだなと思いました。
仕事終わったら、近くのお客があまりいない喫茶店でチュッチュッしてました。
池袋の自動改札の所でも人目をはばからず、キスして別れたり。
彼女の家に電話する時は彼女に夜10時ぴったりに電話するからと言って電話すると、お父さんが彼女の電話口のそばに立って不機嫌そうにしてたりで。
僕が大手町勤務の時、休憩時間に彼女が会いに来て、
レストランのビルの屋上でもチュッチュッしたり、神田の街を肩組んで歩いてたら、
レストランの支配人に偶然見られたり。(苦笑)
青春してました。
3ヶ月くらいの短い恋でしたが。
まだ携帯電話もない頃です。

今思い出すと、18歳の頃が懐かしいです。
もしもタイムマシンがあって戻ることができるなら、また18歳の頃に戻りたいです。
今の自分の不甲斐なさを思うと人生やり直したいです。
1987年の時代に、、、、。
無理な話ですが、、、。

by gohonngigoro | 2006-04-01 18:27 | 小説のようなもの(自伝)


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