2005年 08月 08日 ( 2 )

2005年 08月 08日
DOKKEN
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DOKKEN / BACK FOR THE ATTACK(1987Release)と、
BEAST FROM THE EAST(1988Release)
ナーバス・ブレイクダウンさんに、以前自分のブログにDOKKENのこと
書いたとコメントしたんですが、僕の思い過ごしでした。
自分でも書いたと思い込んでました。(苦笑)
他人のブログなどにコメント書き込んでたので混同してました。
アルバムジャケットとかPCに取り込んだりしてたので。

そこで改めて書かせて頂きます。
僕がDOKKENを初めて聴いたのは、18〜19歳の時でした。
1987年、僕が東京に上京した年に「BACK FOR THE ATTACK」が出て、
僕的にストライクでした。
以来ジョージ・リンチのギターをコピーしまくってました。
1988年、僕は渋谷のESPで自分のオリジナルギターを作ってもらいました。
シャーベル/ジャクソンのソロイストタイプでアームなしのものを。
そういう系のギターはほとんどトレモロアームが付いてるんですが、
アームを激しくやるとチューニングが狂うのが嫌だったのでなしにしました。
色は白でボディはアッシュで太い音が出ました。
ピックアップはセイモア・ダンカンJBをリアに、フロントはESPのLH-200だか?で。
DOKKENをコピーするにも、このギターだとそっくりの音が出ました。
「BACK FOR THE ATTACK」はアルバム全曲流してコピーしてました。
僕の師匠、マイケル・シェンカーっぽい泣きのフレーズなんかあったりして。
DOKKENの昔のアルバムは、僕は遡る感じで聴いてました。

やがて、1988年に来日公演があり、当時付き合ってた彼女と横浜公演を
観に行きました。
伊豆の中学高校時代の友達も同じ日に観に来てて、僕と彼女はアリーナ席、
田舎の友達はスタンド席でした。
当時彼女と付き合い出したばかりだったので、コンサート始まってステージも
夢中に観てましたが、合間合間に彼女とチュッチュしたりしてました。(笑)
「BURRN!」や「PLAYER」とかで、ドン・ドッケン(Vo)とジョージ・リンチ(G)の
確執が書かれたりしてたので、実際観てたらステージでも一度も目を合わさなくて、
緊張感があるステージでした。
そういう緊迫感がよリ、ジョージ・リンチのギターが冴え渡ってたように
思えました。
4人バンドだから、スタジオ盤はバッキングギターが入ってるけど、
ライブではギターソロの時はバックはBとDrだけなので、正直薄っぺらくなるのか?
と思ったら、スタジオ盤より弾きまくってたので音の洪水のようでした。
あれだけ指が動くには、本番前に相当ウォーミングアップしないと指が動かないんじゃないか?と思いました。実際そうだったみたいで。
この時期がバンドとして一番ノリにノッてる時だったと思います。
「TOOTH AND NAIL」「KISS OF DEATH」「INTO THE FIRE」「MR.SCARY」
「ALONE AGAIN」「IN MY DREAMS」良い曲ばかりでした。
特に「IN MY DREAMS」のコーラスはジェフ・ピルソン(B)、ミック・ブラウン(Dr)も
コーラスやるのでかっこ良かったです。

追加公演もあって、彼女の友達の女の子で六本木のハードロックカフェで働いてた子が
新宿公演のチケットが1枚余ったので一緒に行ってくれないか?と言われ、
彼女に内緒で新宿公演観に行きました。
まさか2回もDOKKENを観ることができるとは思いませんでした。

来日公演も終わり、しばらくしたら、DOKKENの日本公演の収録されたライブアルバムが出ると聞いて、あの時の興奮がまたCDで聴けるんだと速攻で買いました。
アルバム最後に「WALK AWAY」という悲しい曲が入っていて、PVもどことなくバンドがこれで終わるんじゃないか?みたいな雰囲気で。
事実、その後ジョージ・リンチはミック・ブラウンとリンチ・モブを結成しました。
DOKKENの一番良い時期は、この頃だったと思います。
ライブアルバムでひと区切りした感じです。
今でもたまに聴くと当時を思い出します。

ナーバス・ブレイクダウンさん、失礼しました。(苦笑)
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by gohonngigoro | 2005-08-08 19:49 | 音楽全般 | Comments(4)
2005年 08月 08日
LYNYRD SKYNYRD
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左から、
PRONOUNCED ' LEH-'NERD' SKIN-'NERD(1973release)1st
SECOND HELPING(1974Release)2nd
NUTHIN' FANCY(1975Release)3rd
レイナード・スキナードを聴くと、夏のイメージがあります。
夏の野外でのライブの印象が残ってるせいか?
「FREE BIRD」「Tuesday's Gone」「Gimme Three Steps」「Sweet Home Alabama」「I Need You」「The Needle And The Spoon」「Call Me The Breeze」
「Saturday Night Special」なんか好きです。
トリプル・ギターっていうのもカッコイイです。
以前、VAP?から出た、「FREE BIRD The Movie」DVDというのを買って、
ロニー・ヴァンザント(Vo)はライブの時、裸足で歌ってたというのをDVDで観て
初めて知りました。
貴重なメンバーのインタビューとか入っていて。
ライブ映像もあまり観たことなかったので、買って良かったと思いました。
'73〜'75年くらいが一番バンドとして輝いてた感じがします。
'77年10月20日の飛行機墜落事故で悲運の死を遂げたマネージャーを含む、
ロニー・ヴァンザント(Vo)、スティーヴ・ゲインズ(G)、キャシー・ゲインズ(Cho)、
ロード・マネージャーのディーン・キルパトリックの4人が亡くなったのは、
悲しい限りです。
呪われたバンドなんて言われてました。
「FREE BIRD」の歌詞がまるで死を予言してるか?のようで。

「FREE BIRD」歌詞
もしオレが明日ここを離れても
お前は忘れないでいてくれるかい?
今すぐにでも旅立ちたいんだ
見るべき地は多すぎるから
けれど、もしここでお前と一緒に暮らしても
このままではいられないだろうね
今 オレは鳥のように自由に翔くよ
お前でさえ止められない
誰にも オレの気持ちは変えられないから

バイバイ 素敵な恋だったね
この気持ちだけは変えられないけど
どうか悪く思わないでくれ
オレの罪は誰にも否められない
けれど もしここでお前と一緒に暮らしても
このままではいられないだろうね
今 オレは鳥のように自由に翔くよ
お前でさえ止められない
その翔きを押さえられない
誰にも変えられないのさ
この気持ちだけは

(追記)8月9日
今ではアレン・コリンズ(G)、レオン・ウィルクソン(B)も死んでしまいました。
生き残ってるのは、
ゲイリー・ロッシントン(G)、ビリー・パウエル(Piano)、アーティマス・パイル(Dr)「3枚目からのDr」、
エド・キング(G)、ボブ・バーンズ(Dr)「1st,2ndのDr」だけです。
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by gohonngigoro | 2005-08-08 02:52 | 音楽全般 | Comments(0)